今回は現役のフロアマネージャーが登場します。20代後半という若さながらしっかりとしたポリシーを持ち、そのきめ細やかな心遣いが秀逸である金澤さん。しかし彼女にとって接客とは“つねに手探り”。「その人のオーラが出てしまうのが接客だから、まだまだこれからです」と謙虚に話しはじめた。
常連客も人間、いつも同じではない
あなたならこんな場合、どう対応されますか?
ある日、酒好きの常連客が接待で、酒の弱いゲストを連れてきた場合。とりあえず二人はビールで乾杯したものの、常連客がゲストのペースに合わせているせいか、ふたりともビールがなかなか減らない。いつもの常連客なら、とっくに紹興酒を数杯、飲み干している頃なのに…。
「そろそろ、いつもの紹興酒をお持ちしましょうか…?」
心配になり、とりあえずこのように声をかけてみる人が多いのではないだろうか。しかし、それでも常連客が紹興酒の注文を断った場合、あなたはまたしばらく後にもう一度同じように声をかけてみるだろうか…?
「雲林」のフロアマネージャー・金澤さんが、これまでもっとも悩んだ接客シーンがこれだ。私も思わず頭を抱えてしまった。常連客の気持ちを考えると“きっとそろそろ紹興酒が飲みたいのだろうな”と容易に想像がつく。しかし、ゲストのペースに合わせることを今日は優先したいのかも…、それとも…。
結局、金澤さんはしばらくしてまた同じように声をかけてみたそうだ。しかし、同様に常連客はドリンクの注文を断ったという。結局、二人はビール一杯で帰ってしまった。数日後、常連客は金澤さんにこう言ったそうだ。「先日はありがとう。せっかく声をかけてくれたのに、(注文しなくて)ごめんね」
金澤さんはいまだに2回の声がけが良かったのがどうかわからないと言う。2回声がけしたことで、逆に常連客に気を遣わせてしまったのではないか、と考えているのだ。その後も常連客が笑顔で店にやってきているのだから、良い接客だったのでは…と、私などは思うのだが…。
接客は常に手探りだ。「いつものをお持ちしましょうか」というフレーズは常連客を喜ばせる一言として有名だが、そうではない場合もある。常連客も人間、いろんな顔を持っているし、日によって気分も変わる。今日はどんなふうにしたら喜ばれるのか、「常に客の目線で客の心を読むためにアンテナをはっている」と金澤さんは言う。
プロは忙しい時ほど丁寧に対応できる
料理には作る人の人間性が表れると言われるが、接客にも自然とその人の個性があふれ出るものだ。笑顔が素敵な金澤さんの場合、優しさの中にキビキビとした面もあり、その見事な身のこなしを見ていると本当に気持ちが良い。しかしそんな金澤さんが“自分とは真逆”のおっとりとした女性の接客に感動したことがあるという。
それは20席ほどの街場にある小さなフランス料理店。オーナーシェフであるご主人と奥様が二人三脚で切り盛りする店なので、満席になったら大忙しになる。それにもかかわらず、おっとりとした奥様のオーラが店全体に放たれ、満席時でも不思議とゆったりとした雰囲気で、とても落ち着ける店なのだそうだ。
例えば満席時に金澤さんが注文した場合、奥様は「かしこまりました」と最後まで目を見て丁寧に言い終わってから足を踏み出したそうだ。「あんなに店が混雑していたら、普通は最後の“〜ました”なんて早口になっちゃって、さっと次のテーブルへ足を運んでしまうものですよね〜」と金澤さんは感心する。
完璧な化粧をしたスーツ姿のスタッフが、キビキビとお皿を運んでくる店もある中、すっぴんに近い薄化粧の奥様が、優しくてやわらかな天然の笑顔で出迎えてくれる。その一挙手一投足はとても丁寧で上品。おっとりとして優しい奥様の人柄がまるでオーラのようにお客たちに降り注いでいる不思議空間なのだ。
金澤さんはその体験以来、どんなに忙しくても、忙しい時ほど丁寧に皿を運び、あわてずに歩くように心がけているという。「手が空いている時に完璧にできるのは当たり前。忙しい時にいかに完璧に、しかもこちらの忙しさをお客様に感じさせずに、手際よくこなせるかが大事なんです」と金澤さん。
忙しい時ほど最高のサービスでお客様をもてなすことができるのがプロ。そしてお金をいただいた上に“ありがとう”と笑顔で言ってもらえるのが飲食業の醍醐味だろう。
「スタッフも人間だからそれぞれ長所・短所がありますが、みんなが一丸となって良い雰囲気を提供できた時にはじめて、“ホスピタリティあふれる店”とお客様に表現してもらえるのではないでしょうか…」。そう話す金澤さんは、今日もホールの男性後輩と綿密な打ち合わせ。もうすぐディナーがはじまる。 |