第196回 株式会社バンブーインターナショナル 代表取締役 広瀬智也氏
update 11/01/11
株式会社バンブーインターナショナル
広瀬智也氏
株式会社バンブーインターナショナル 代表取締役 広瀬智也氏
生年月日 1972年8月15日生まれ。北海道札幌市出身。
プロフィール 3人兄弟の長男。5人家族。小学校から優秀で、地区で1番偏差値の高い札幌北高校に進学。現役で、東京大学法学部に合格し、卒業後は、日商岩井株式会社(現、双日)に就職。法務部に配属され、上海法人にて外国勤務も経験。5年後、株式会社エリアクエストに転職。取締役として敏腕を振るい、株式の上場(東証マザーズ)に貢献。上場後、役割を終えたと判断し、退職。株式会社バンブーインターナショナルを創業する。
主な業態 「上海生煎館」「カフェ・ド・ヴェルサイユ」「鉄ぱん軒」
企業HP http://www.bamboo-i.co.jp/

一人暮らしをしたくて。

「中央市場で野菜の卸をしていました」。今回、登場いただく(株)バンブーインターナショナル代表取締役 広瀬智也の父親の話である。「母とは社内恋愛の後、結婚。私が生まれ、妹と弟が続きます」。ごく普通のサラリーマン家庭ともいえたが、父がセリや卸をしていたため、朝が早かった。広瀬も、夏場は5時半に起き犬を散歩に連れて行ったりもした。小学校の頃は、ボールがあればサッカーや野球をしている少年だった。元気なうえ、成績も優秀。地元の公立中学から、地区で一番の札幌北高校へ進学。高校時代から、家庭教師や郵便局、ビデオ屋でアルバイトをしていたそうだ。「ともかく、一人暮らしがしたかったのですね。それで先生の薦めもあり、東京大学を受験することになりました。なんとか無事合格して、晴れて東京での一人暮らしが始まるのです」。

独立を追いかける。

広瀬は日商岩井を5年で退職している。理由は?と尋ねると「将来、起業するためには、営業も経験しておきたかったのですが、法務部ということもあってか、申告しても、会社側がそれはダメだと。ならば、転職するしかない。それで、事業用の不動産賃貸を専門に扱っている(株)エリアクエストの求人広告をみて応募したのです。当時は、まだ100名程度。まだ出来て2年目のベンチャーです。若いスタッフも多く活気がありました。そこで初めて営業を経験するのです」。営業といっても広瀬が最初に経験するのは、営業マネージャーの仕事。マネージャーとして部下を動かすのが、初の営業の仕事となった。「企画書をカラーで作成したり、読むだけで会社のことがわかるような資料を作成したり。効率的な方法を求めいろいろな工夫を重ねました」と広瀬。こういう点では、営業経験がないことが幸いしたのかもしれない。「どうすれば売れるのか」を客観的に追及することができたからだ。広瀬チームの業績はもちろんのこと、会社の業績も急角度で上昇する。広瀬は取締役に顔を連ねるようになり、株式の上場をリードしていくことになる。

不動産事業。投資とリターンの世界へ。独立を果たす。

広瀬が入社して3年が経った、2003年2月、(株)エリアクエストは、東証マザーズに株式を上場する。その時、広瀬、30歳。一つの役目を終えたと判断し、いよいよ自らの独立に向かって走り始める。退職してからの5ヵ月後に(株)バンブーインターナショナルを設立。中国赴任時代に知った<「竹」は「しっかりと根を張り、成長が速い」ものの象徴>という話をもとに、「竹」を由来とした社名にする。インターナショナルはむろん海外を意識してのことだ。さて、そんな(株)バンブーインターナショナルは不動産事業と飲食事業の2つを軸としているのだが、設立当初は、不動産事業をメインにする会社だった。「エリアクエスト時代に知り合ったビルオーナーのもとで、半独立というかたちでスタートしたんです。この社長から、投資について、目利きについて、また融資を引き出すノウハウなど、さまざまなことを学びました。彼の仕事を手伝いながら不動産を評価する目も養うことができたのです。ちなみに、この会社は、不動産事業と共に飲食店も経営しています。ある意味、弊社のビジネスモデルのお手本といえるでしょうね」。

不動産事業が軌道に乗り、飲食ビジネスもスタート。

2年間、前述の社長のもとでノウハウを吸収した広瀬は、ついに独り立ちの時期を迎える。教えを実践した不動産事業は、すぐに軌道に乗る。十分な家賃収入も見込めるようになった。「これなら少しはリスクをとっても大丈夫だろう」と独立4年後に飲食事業の1号店を出店した。これが、池袋に出した「赤ちり亭」である。ただ、実際に、広瀬が店に立つことはなかった。どちらかといえば投資の感覚。広瀬は出店費用を負担し、実際の業務は、「赤ちり亭」の本部であるインターブレインズに任せた。この関係がしばらく続く。2年後には、「ねじべえ」を同様のスタイルで2店舗出店している。飲食ビジネスも順調に立ち上がった。

自社オリジナルへのチャレンジ。TVで話題の「ケーク・サレ」も登場。

「自分たちで全部やれば、やはりおもしろさが違いますね」、広瀬はそう言って笑う。現在(株)バンブーインターナショナルは、ライセンス加盟して出店した店舗のノウハウをベースに自社業態の開発を進めており「ホルモン1番赤羽本店」「ホルモン小岩屋」「鉄ぱん軒」などを経営。TVや雑誌でも有名な「ケーク・サレ」(塩ケーキ)の専門店「カフェ・ド・ヴェルサイユ」をはじめ、こちらも話題沸騰の上海B級グルメ生煎(焼小籠包 )「上海生煎館」を運営。フランチャイズ本部として、各業態を育てている。吉野家の開発部にて指揮を執り、その後、オリジン東秀の部長をしていた伊藤氏も役員として参画してくれるようになり、より盤石な体制が出来上がった。(株)バンブーインターナショナルの、また広瀬の今後の活躍に期待したい。いずれにしても、新たなスタンスで飲食と向き合う東大卒の経営者。「不動産の収入があるからリスクをとって飲食で勝負ができる、という。ただ飲食も不動産と同様、投資とリターンを厳しくみつつビジネスを推し進めていく」と言っている。こんな広瀬のような存在が、飲食事業をさらにおもしろくし、社会に元気を与えていくのではないだろうか。

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