1969年、愛知県生まれ。高校卒業後、19歳で渡仏。その後8年間、フランス、スイス、イタリアにて修業を積んだ後、帰国。
1ヶ月後、27歳で小田原に『ラ・ナプール』をオープン。03年11月には、『レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ』と名前も新たに青山に店を移転する。伝統に現代人の感覚を織り込んだ、新しいスタイルのフレンチを提案し続け、国内外の料理人からも高い支持を得ている。
 

誠意ある料理人たちによって受け継がれてきた伝統的なメソッドに敬意を払いながら、現代人のニーズとのバランスを考え、ハイクオリティな食材を尊重したクリエイティブな料理を東京・南青山の素晴らしいロケーションのもとで、堪能して頂けます。

東京都港区南青山2-6-15

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  これはあくまで僕の考えですが、店の要素を全部で10だとすると料理は2ぐらいの存在だと思います。空間や空調などのハード的要素や、サービス・スタッフの人柄などのソフト的要素などを全部合わせて10になる。だからレストランにおいて料理だけが必ずしも主役ではありません。しかし料理のレベルが高ければ、他の要素も引き上げることができる。そういう霊妙な力を秘めているのが料理だと思います。だから「ただおいしいだけ」というお客様の声すら最高の誉め言葉になるのです。
  料理人の僕がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、料理人の能力がどんなに高くとも素材を超えられるものではありません。料理のヒエラルキーというものがもしあれば、その頂点に君臨するのはあくまでも素材であって、料理人ではない。料理人は謙虚に素材に耳を傾け、素材がおいしくなるように最大限に心気を砕くだけ。素材の嬉しい下僕となるのです(笑)。
  そういう考えだから私は、時間の許すかぎり生産者のもとを訪ね、送料をかけてでも産地直送にこだわっているのです。単にトレンドだから無農薬野菜を使うのではなく、一人の人間として自然のサイクルを重んじることを、もはやライフワークに選んでいる。それが僕の料理人としての哲学でもあります。
  当店では泥付きのまま野菜を仕入れ、毎朝8人がかりでそれらを洗って、下処理をします。決して効率的な作業とは言えません。ビジネスとして成功すればよい、という考えが僕にはもともとないからできることかも知れません。僕にとってはビジネスで失敗することより、お客様を裏切ることの方が恐ろしい。当店のお客様はほとんどが予約をされ、半分以上がリピーターです。厳しい目を持ったクリエーターの方々がほとんどです。
  このような僕のフィロソフィが形成されたのは、フランスでの経験が少なからず影響していると思います。僕は19歳にしてフランスに渡りました。最近でこそ、20代前半で海外に渡る料理人も増えてきましたが、僕の世代では非常に珍しいケースだったと思います。
  僕は代々続く飲食店の家に生まれ、幼い頃から絞りたての牛乳を飲み、産み落とされたばかりの卵を食べていました。父も祖父も料理人という環境で育ったおかげで、人生のかなり早い段階で料理人になることを決意しました。だから19歳で躊躇せずに海外に行けたのだと思います。
  当時の僕は「プロになるにはまず一流に触れなくては!」と意気込んでいました。ワインだって、そうでしょ? 「ワインのことを知るにはまず一番高いワインから飲みなさい」って言うでしょ? それと同じです。料理も店も、最初に本物に触れておくことが大事だと考えていたのです。むしろ二流・三流ほど理解に苦しむものはない。最初に一流を知ってしまえば、物事を理解するのは以外に簡単になるのですよ。

  私が海外の修行先で一番影響を受けたのはスイスにある「ジラルデ」という店でした。仏教には“諸行無常”という言葉がありますが、万物が常に変化するという東洋の観念を、ヨーロッパのキッチンで見つけることができたのも妙な話です。
  「ジラルデ」では同じ食材でも毎日調理法や味付けが微妙に異なりました。修行の身である僕としては、「覚えたての技を今日こそ完璧に!」と思うわけですが、昨日と同様に作っても今日はまたダメ出しなのです。食材は毎日変化するから「調理も毎日違っていい」なのです。
  そういう考えが今の私の店にも生かされており、同じ食材でも「今日はどのようにしたらおいしさを引き出せるのだろう」と食材との対話には余念がありません。一方、それらを味わうお客様の顔を思い浮かべると、これまたお客様の好みは十人十色。つまり<その日の食材・調理・お客様の好み>の三つを引き合わせて最高のマリアージュを創造するのが僕たちの仕事であり、醍醐味なのです。それはまるで、複雑怪奇なパズルを完成させるかのように、神経をすり減らす作業でもあります。
  さてフランスでは一流レストランを多く食べ歩きましたが、中でも印象に残ったのはアラン・シャペルの料理でした。まだ彼が現役で腕を振るっていた時代にお客として味わったのですが、全身に鳥肌がたつほどの衝撃でしたね。理屈ではなく、心をぐらりと揺さぶられました。言うなれば“無駄なものを一切そぎ落として生まれた料理”。
  料理は一見、複雑であればあるほど、手の込んだ料理のように思われがちですが、そういう料理人の計算やエゴが彼の料理には微塵も感じられなかった。むしろ目に見えない部分にこそしっかりと手をかけているようでした。彼は何も取り繕うことなく、素材と一体化しているようでした。玩物喪志になってはいけない、「食べておいしい」がすべてなんだと、改めて実感した食体験でした。
  私も料理人として、人間として、謙虚に正直でありたいといつも思っています。またそういう若者と一緒に働ければ嬉しいです。謙虚さ、正直さ、そして負けず嫌いの3点を持ち合わせている人なら、きっとこの世界で成功できるでしょう。そういう姿勢で僕の店で4~5年頑張れた人には、その後も応援していきたいと考えています。実際、そうやって僕のDNAを受け継ぎながら、さらに海外で自分の料理を模索している仲間もたくさんいますよ。